三重の法務労務コンサルタント

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被害者を責めた世間

 日本経済新聞に、イラク人質事件と自己責任論という見出しで、次のような記事が載っていました。

 2004年4月8日、イラク武装グループがボランティアやジャーナリストら日本の民間人の身柄を拘束し、イランに派遣されていた自衛隊の撤退を要求するという事件が発生した。人質は無事解放されたが、政府の退避勧告に従わずに現地入りしたことに対して、「身勝手」「自己責任」という非難が集中した。その背景に「世間」という暗黙のルールが垣間見える。

 拘束されたのは男性2人と女性1人の3人で、犯行グループは「3日以内にイラクから自衛隊を撤退させなければ3人を焼き殺す」と要求し、ビデオテープで人質の映像も放映された。

 同日緊急会見した福田官房長官は「自衛隊撤退を考える理由はない」と言明。翌9日、小泉首相も「救出に全力をあげる」としながらも「テロリストの卑劣な脅しに乗らない」と強調し、自衛隊撤退の選択肢はないことを明らかにした。

 一方、人質の家族らは、川口外相に自衛隊撤退も視野に入れた対応と早期救出を訴えた。記者会見に応じた家族からは「自衛隊には撤退していただきたい」という発言があった。家族がいら立ち、憔悴した結果の「撤退要求」だったが、この記者会見を機に被害者と家族へのバッシングが始まる。

 被害者のホームページへの嫌がらせの書き込み、家族宅への電話、ファックス、手紙、ネット掲示板での中傷が相次いだ。非難の主な理由は「被害者は政府の退避勧告を無視して危険な現地へ入ったのに家族は謝罪もせずに政府批判をした」というものだった。

 メディアでも「自己責任の自覚を欠いた無謀、無責任な行動が政府や関係機関に無用の負担をかけた」などの批判や、必要以上に被害者個人のプライバシーを暴き立てる報道もあった。

 同月12日、竹内外務事務次官が「自己責任の原則を自覚して、自らの安全を改めて考えてもらいたい」と発言。「自己責任」の論議が事件解決の見通し以上にヒートアップしていく。

 人質は4月15日に解放されたが、福田官房長官は「どれだけの人に迷惑がかかるかということを考えてもらいたい」と苦言を呈した。小泉首相は「やはり自覚というものをもっていただきたい」と批判した。政府・与党には自己責任を問う声が噴出した。

 過去、海外で日本人誘拐事件は数多く起きているが、解放された被害者がこれほど批判された例はなかった。自己責任論は政府や一部のメディアだけではなく、多数の国民も支持した。

 一方、「彼らの活動内容には触れずに、終始『自己責任』のみで責められていたのはひどすぎる」「一市民を政府・官僚・マスコミが批判し、それに乗っかる匿名の人びと。嫌な世の中になったものです」など、被害者擁護の意見も少なくなかった。

 醍醐東大名誉教授は「あれほど多くの国民が自己責任論に同調し、『草の根バッシング』の様相を呈したのは、被害者と家族が『世間』のルールに反したとみなされたから。彼らは『世間』に迷惑をかけた上、おわびもしなかったと思われ、国民の怒りを買った」と分析する。

 おわびに関して被害者家族は最初の記者会見冒頭で政府や「世間」への謝罪を述べていた。しかし、ニュース映像ではカットされ、自衛隊撤退を要望する発言が強調されてしまった。

 醍醐名誉教授は、日本には国家と個人との間、あらゆる組織、集団内に「世間」があり、場合によっては国家や法律よりも「世間」が個人を裁くことがあるという。日本と同様にイラクで民間人が誘拐された他国では、無事生還した人々は国民の歓喜の中で帰国しており、非難された例はない。

 自らの行動基準を内に持たず、漠然と「世間」に基準を求める特性は、日本人全体になると「『外国人はどうしているのか』と、すぐに外国の事例に頼ろうとする」ことになる。

 米国のパウエル国務長官は日本のテレビのインタビューで「危険を知りながら良い目的のためにイラクに入る市民がいることを日本人は誇りに思うべきだ」と人質になった人々を擁護した。フランスのルモンド紙もイラク入りした人々の人道的活動を高く評価する記事を掲載した。

 自己責任論の高まりに対し、「外国ではこう見ていますよ」というのは、日本人を冷静にさせる有効な手段だった。自己責任論は、その是非を論じる双方、そして日本人全体が「世間」という不文律の中で生きていることをあぶり出した。

 

 日本人の人質は一時生命を危ぶまれる状態に陥ったようですが、幸いに、イラク人の多くや武装グループなどにも、人質になった彼らのイラク入りの目的を理解されたようで、彼らは無事解放されました。

 しかし、解放後帰国した彼らに待っていたのは、「自己責任論」による大バッシングでした。解放された3人は4月18日、ドバイから関西空港経由で羽田に到着します。

 空港で出迎えたのは100人を超える報道陣とやじ馬で、本来なら「無事に帰れてよかったね」と声をかけてあげるのが当然だと思うのですが、「自業自得」「税金泥棒」などと書かれたプラカードと、非難の声しか聞かれなかったそうです。

 政府やマスコミ、多くの国民が「国の発した退避勧告を無視した者の自業自得」「自己責任を知らぬ無謀な行為」「救出に要した費用を本人に支払わせるべきだ」などの言葉を彼らに浴びせかけたのです。

 しかし、この3人へのバッシングは、本来、小泉首相など当時の政府が負うべきだった責任を被害者本人への自己責任へ転嫁させたことから起こったものだったように思います。

 日本政府の退避勧告はあくまで勧告レベルであって強制力はないし、政府が、海外にいる日本国民を保護し、事件や事故にあった被害者を救出するのは当たり前のことであり、特に、彼らのイラクでの人道支援などの目的や活動内容を知れば、彼らを救出しようとするのは当然に国の責任だっただろうと思います。

 小泉首相や官僚など政府関係者、新聞、テレビなどのマスコミは世論作りに大きな影響力を持っています。イラク人質事件では、「悪いのは人質、正しいのは小泉首相など政府や自衛隊」という世論があっという間につくられています。人質事件後の世論調査では、小泉首相への支持率や自衛隊派遣賛成の意見が増えていました。

イラク人質事件で、本当に責任を取るべき人は誰だったのでしょうか?

 

 世間というのは恐ろしいもののようですね。私たちは個人で何かをしようとするとき、よく世間の目を気にします。世間とは実態のない曖昧なものですが、誰の傍にもいつの間にか存在してしまう空気のようなもので、世間の価値観に同調しない者を場の空気を乱すものとして嫌うようです。自分の価値観をもたず世間の価値観にあわせていると、よく考えれば正しいと思えるようなことでも、間違ったことのように思えてしまうことがあるようです。そのように人の判断を狂わせる力を世間はもっているので、私たちは自分の価値観をもち、世間に惑わされないようにすることが大切なようですね。

 

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